
すべてのはじまり
小学校から高校まで剣道一筋でした
大学進学の時
剣道を辞め明治東洋医学専門学校に進み
スポーツトレーナーになるために鍼灸の
資格をとりにいきます
そして、同時に整骨院に弟子入りをしました
22歳の時に父親が肺癌になり父を支えるために
気功治療を学びました
父親に施したところ
手術前の再検査ではすでに癌は消滅しました
その後、叔父も肺癌であることが判明します
私は、今度は叔父の闘病生活を支えると決意します
この決意が
とても、辛く、悲しいことになると
若い私には到底想像ができていませんでした
肺癌は綺麗に消えました
叔父家族と私は
奇跡が起こったと、感動し本当に喜び合いました
ですが
困難のはじまり
癌は再発します。
再発はしたものの、1度目の成功体験があったので
そこまで深く悲しむことはありませんでした
またきっと治る
そう誰もが信じでいたからです
ですがこの再発が
困難の始まりだとは
思ってもいませんでした
やはり今回も家族が望んでいた結果のように
再び放射線と抗がん剤
気功治療で癌は消えました
ですが私は、この繰り返す癌には
ある方程式があるように感じました
3回目
癌は再発してしまいます
私が気が付いた
この方程式の流れがやはり
そこにはありました
叔父の繰り返す癌と
父親の癌が消滅した理由を
うっすらと気が付いた
この方程式で
伝えることができませんでした
伝える勇気と言葉と知識を
持ち合わせていなかったのです
3回目の闘病の時は
すでにいろんな状況が変わっていました
経済的にも…
私自身も叔父を支える力が
もう残っていませんでした
全身を癌に冒され痛みと咳としゃっくりで
苦しみ、そして最後…
命を止める選択をしたのです
その、最後の病室に
叔父と二人きり
『マキ…これでよかったんやな?』
『みんな、良く頑張ったと思うこれでいいよ』
それが、叔父と交わした
最後の言葉でした
私はそれ以来
気功治療も難病治療も辞め
あの時、気がついた方程式のことも
考えるのを辞めました
その後、結婚し二人の子供にも恵まれました
下の子が3歳の誕生日を迎える前日に
主人が肺癌であることがわかったんです
あまりのショックで
頭の毛が一気に白髪になりました
可愛いわが子の誕生日を祝う気持ちにもなれず
無常にも注文していた
アンパンマンのケーキだけが輝いて
我が子を祝ってくれていました
主人はその後すぐに入院となり
みるみる体が弱っていき
立つことも出来なくなりました
病室のベッドで横たわる主人の横で
泣きじゃぐることしかできませんでした
しばらく、号泣していた私は
不意に落ち込んで泣いてることに
飽きてしまいました
そして
『あっ!これは叔父からのプレゼントだ』
そう確信したのです
あの時の方程式を解きなさい
これは、解くチャンスですよ
そう、言われているような気がしました
そして私は主人に
『あなたの命を私に預けて!』
『あなたは必ず生き延びることが出来るから
大人になった子供達を一緒に可愛いねって
言い合うね』
そう約束をしました
その後こ検査で主人の癌は
ステージ4の肺癌だとわかりました
ですが、私たちには少しの恐怖も
ありませんでした
あの時気が付いた
方程式をしっかりと解くことさえ
出来れば、生きることができると
確信をしていたからです
そして私は方程式を解くために
ありとあらゆる勉強をしました
心理学
心理療法
相対性理論
量子力学
脳科学
波動力学
スピリチュアル
東洋医学
ついに
方程式を解くことができたのです
まさに、主人に言った
私の言葉が
あの方程式を解く鍵だったのです
だから主人は孤独から解放され
愛があることに気がつき
未来にも愛があることを確信できたのです
ステージ4の肺癌は
みるみる、良くなっていきました
そして再発することなく
私たち家族は、幸せに暮らしています
この方程式は
カウンセリングとワークショップ
そしてセラピーを通じてたくさんの方々を
癒すことに役立てられるようになりました
私のセラピー(施術)は
心を診る施術です
体に現れる全ての症状は
全て心が作り出しています
緊張している筋肉、脳から発せられている
バイオフォトンを読み取り
クライアント様にお伝えをし
潜在意識の中で感じる
身体違和感を良好なものに変えることで
ネガティブな思考から脱出ができます
心つまり潜在意識に着目し
セラピーやセッションを行うことで
感覚が変わり
思考が変わり
感情が変わり
行動が変わるから
痛みや病
様々な身体症状が
改善されていきます
心が軽くなる感覚を
感じることができ自由と喜び
幸せを体感できるようになるので
生きづらさが改善されていきます
この事を少しでも多くの方々のお役立てればと
思いブログを始めます